東北大学大学院環境科学研究科

東北大学大学院環境科学研究科

アクティビティ(2025年度)

2025/05/12 血糖値測定用の電極を開発
血液ガス分析装置の小型化に貢献する貴金属フリーかつ夾雑物除去機構フリーのグルコースセンサー

【ポイント】

  • 従来の作用極で用いられていた白金電極をPB/G/PSS電極で代替
  • 血中の溶存酸素やビタミンC(アスコルビン酸)などの夾雑物の影響を受けずにグルコースを測定可能
  • グルコースセンサーの構造の簡略化で、血液ガス分析装置の小型化および低コスト化に貢献

開発したグルコースセンサーの概要
※原論文の図を引用・改変したものを使用しています。

【概要】

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)化学プロセス研究部門 伊藤徹二 主任研究員、長谷川泰久 副研究部門長らは、 株式会社テクノメディカ 吉田朗子 主任、国立大学法人 東北大学材料科学高等研究所(WPI–AIMR)西原洋知 教授(多元物質科学研究所、環境科学研究科 兼務)、 富士シリシア化学株式会社 井澤謙一 研究開発グループ リーダー、日本電子株式会社 作田裕介 副主査らと共同で、貴金属を使わない電極を用いて、 血液中の夾雑物(きょうざつぶつ)を除去することなく血糖値(グルコース濃度)を測定できる小型センサーを開発しました。
血糖値は、グルコースが酵素(グルコースオキシダーゼ:GOx)によって酸化される過程で生成される過酸化水素(H2O2)を白金(Pt)の 作用極 注1 で分解し、その際に生じた電流をグルコース濃度に対応させることで電気化学的に測定できます。 しかし、H2O2の検出に適した分解電位 注2 は、 血液中の溶存酸素やビタミンC(アスコルビン酸)などの分解電位と重なるため、正確に測定するには、これらの夾雑物をあらかじめ除去する必要がありました。 従来のPt電極を使用したセンサーでは、溶存酸素の影響を受けない分解電位でH2O2を分解し、 ビタミンCは夾雑物除去膜で除去する方法がよく利用されています。本研究では、グラフェン(G)でコーティングした多孔質シリカ球(PSS)に、 H2O2と反応するプルシアンブルー(PB) 注3 を付着させたPB/G/PSSを作用極とすることで、溶存酸素およびビタミンCの分解電位をシフトし、 これら夾雑物の影響を受けずにH2O2を測定可能なセンサーを開発しました。開発したグルコースセンサーは、 空腹時の血糖値(グルコース濃度:70~100 mg/dL)の濃度範囲を含み、より広範囲の0~270 mg/dLにおいて血中グルコース濃度を測定できます。 さらに、作用極と参照極 注1 の両方にPB/G/PSSを用いた場合にも同様の性能を示すことを確認しました。
今回開発した夾雑物除去機構不要のグルコースセンサーは、近年需要が高まっている血糖値や乳酸値の測定が可能な血液ガス分析装置 注4 の小型化を促進します。 また、Ptなどの貴金属を使用しないため、安定供給や製造コストの低減にも貢献します。
この技術の詳細は2025年5月12日に「ACS Electrochemistry」に掲載され、表紙(Supplementary Journal Cover)にも掲載されます。

【用語解説】

注1. 作用極、対極、参照極 :電気化学センサーを構成する電極。作用極は計測対象のH2O2が反応する場となる電極。 対極はH2O2濃度に応じて、電流が流れる作用極の相手となる電極。 参照極は電位の基準となり、作用極の電位を計測・制御する電極。

注2. 分解電位 :電気分解を行うときに、ある物質が電極で分解(酸化または還元反応)を始めるために必要な最小の電圧。

注3. プルシアンブルー(PB) :シアン化物イオンが鉄イオンと強く結合し、安定な化合物を形成した濃青色の物質。プルシアンブルーを使用したことで、従来の作用極と違って、夾雑物の影響を受けません。

注4. 血液ガス分析装置 :血液中の酸素や二酸化炭素の分圧、pHなどを測定する医療機器。救急搬送された患者や意識のない患者に対して行われる緊急検査では、 動脈血を用いて、肺のガス交換機能、酸塩基平衡および代謝状態を評価します。 近年では、酸素や二酸化炭素に加えて、ナトリウム(Na+)、カリウム(K+)、カルシウム(Ca2+)、クロール(Cl-) といった電解質だけでなく、血糖値や乳酸値の測定も検査項目に追加されています。

【論文・著者情報】

論文タイトル
Environmentally Sustainable, Noble-Metal-free Enzyme Sensors Capable of Functioning in the Presence of Ascorbic Acid
著者
Akiko Yoshida, Zheng-Ze Pan, Mutsuhiro Ito, Kenichi Izawa, Yuka Minegishi, Yusuke Sakuda, Yukinori Noguchi, Yasuhisa Hasegawa, Tetsuji Itoh, and Hirotomo Nishihara
掲載誌
ACS Electrochemistry
DOI
10.1021/acselectrochem.5c00045
研究室HP
ハイブリッド炭素ナノ材料分野 西原研究室