2025/05/01 強力な温室効果ガスN2Oを高速除去できるバイオプロセスを開発
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【ポイント】
- 一酸化二窒素(N2O)を除去する新たなプロセスを開発しました。
- 本プロセスはN2Oを高速で除去可能であり、高濃度N2Oに対しても高い処理性能を有しています。
- N2Oの除去に微生物反応を利用しており、環境への負荷が低く、廃水処理プロセス由来の温室効果ガス削減などへ寄与することが期待できます。

図1. DHSリアクターを用いたN2O除去バイオプロセス
【概要】
N2Oは二酸化炭素(CO2)の273倍の地球温暖化係数を持つ強力な温室効果ガスで、温暖化効果への寄与率は6%程度と見積もられています。
また、21世紀最大のオゾン層破壊物質としても知られる環境負荷の高い物質です。
人為起源のN2O排出量のうち廃水・廃棄物由来が全体の5%程度を占め、その中には廃水処理プロセスからの排出が含まれます。
廃水処理プロセスからのN2Oの排出量削減に関する研究の多くは発生抑制に着眼点がおかれています。
一方で、発生したN2Oの除去に関する研究は多くありません。
東北大学大学院環境科学研究科の久保田健吾 准教授と前田稜太 大学院生らは、大学院生命科学研究科の南澤究 特任教授と共同で、
スポンジ担体を吊るしたDown-flow Hanging Sponge(DHS)注1 リアクターを用いた微生物反応によるN2O除去プロセスを開発しました(図1)。
本プロセスは廃水処理プロセスのなかでも特に窒素処理における無酸素槽から発生するN2Oを標的としており、実験では無酸素環境で5–300 ppmの濃度域では3分程度、
2,000 ppmと高濃度の場合でも18分で94%以上のN2O除去を達成しました。
本技術は廃水処理プロセスからのN2O排出量を低減でき、持続可能な社会の構築に貢献できるものです。
本成果は2025年4月25日に化学工学分野の専門誌Chemical Engineering Journalに掲載されました。
【研究の背景】
温室効果ガスやオゾン層破壊物質としての性質を持つN2Oの大気中濃度は直線的に増加し続けており、国連環境計画では2050年までにその排出量を40%削減する方策を提唱するなど、
排出量削減は世界中で喫緊の課題とされています。
人為的なN2O発生源としては、農業分野が大半を占めますが、廃水・廃棄物処理分野も無視することはできません。
例えば、従来の硝化脱窒法と比較して消費電力を40%程度削減することが可能な省エネルギーな窒素処理プロセスとして知られる
「部分硝化—嫌気性アンモニア酸化プロセス」注2 の無酸素槽からは高濃度のN2Oが発生していることが報告されています(実験室リアクターで~1,300 ppm、実規模リアクターで~4,000 ppm)。
これらの背景を踏まえ、本研究では、無酸素環境から発生する高濃度N2Oを標的とするN2O除去プロセスの開発を行いました(図1)。
【今回の取り組み】
本研究グループでは、5、40、300あるいは2,000 ppm のN2Oを含む窒素ガスをDHSリアクターに連続的に供給しました。
また微生物がN2OをN2に還元するために必要な有機物として、嫌気性消化汚泥の脱離液(廃水)を用いました。
その結果、300 ppm までの濃度域では3分程度、2,000 ppm では18分でリアクターに供給したN2Oの94%以上を除去することに成功しました。
N2Oを処理している微生物群の16S rRNA遺伝子 注3 およびN2Oの除去に関連する nosZ遺伝子 注4 の解析を行った結果、
N2O還元微生物であるAzonexus(アゾネクサス)属細菌が高い割合で優占して存在していることを明らかにしました。
これらのことから、本プロセスではアゾネクサス属細菌がN2Oの除去に重要な役割を果たしていることが考えられました。
さらに、微生物群がもつN2O消費速度を測定し、微生物反応速度の解析を行った結果、
気相中のN2Oがスポンジ担体の液相に溶解する速度が本プロセスのN2O除去速度を決定する重要な要因になっていることを明らかにしました。
本プロセスではN2Oの除去に微生物反応を利用しているため、化学物質などを使用する必要がありません。
また、DHSリアクターは気相のN2Oがスポンジ担体の液相に気液平衡作用で自然に溶存するため、電力消費を伴う曝気を行う必要がなく、本プロセスは省エネルギーな技術にもなっています。
【今後の展開】
本研究成果は、廃水処理プロセスから発生するN2Oを除去可能であり、廃水処理事業などに関連する温室効果ガスの削減に寄与できます。 本システムは高速でN2O除去が可能であるため、小規模なリアクターでN2O対策が可能であるという利点があります。 今後は、実用化のためにN2O濃度が変動する実際の廃水処理プロセスでの実証試験や、空気に含まれるN2Oを削減可能な技術開発を行う必要があります。 またN2O除去微生物に関する知見を応用することで、廃水処理のみでなく人為起源N2O排出量の55%程度を占める農業分野への展開も考えられます。
【謝辞】
本研究は、内閣府のムーンショット型研究開発事業のプロジェクトJPNP18016、科研費JSPS KAKENHI Grant Number JP19KK0371、JP21H01460、JP24KJ0429、
東北大学変動地球共生学卓越大学院プログラム(SyDE)の支援により実施されました。
また本論文は「東北大学2025年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」により オープンアクセス となっています。
【用語解説】
注1. Down-flow Hanging Sponge(DHS) :下降流スポンジ懸垂。スポンジ担体を懸垂し、上部から廃水を流入させスポンジに生息する微生物の働きによって廃水を処理する。 気液平衡により気相の物質が液相に溶け込むため、曝気などが不要で省エネルギーなプロセスである。
注2. 部分硝化—嫌気性アンモニア酸化プロセス :廃水中に含まれるアンモニウムの一部を亜硝酸にまで酸化し(部分硝化)、それを無酸素環境で脱窒する(嫌気性アンモニア酸化プロセス)ことで、廃水中に含まれる窒素を除去する。 従来型の硝化-脱窒プロセスに比べてエネルギー消費量が少ないなどの利点がある。
注3. 16S rRNA遺伝子 :タンパク質合成を担うリボソームを構成するRNAの1つをコードしている遺伝子。生物共通の遺伝子マーカーとして、培養に依存しない微生物の系統分類に広く用いられている。
注4. nosZ遺伝子 :一酸化二窒素(N2O)を窒素ガスに還元するタンパク質をコードしている遺伝子。N2Oを還元できる微生物を探索する時に用いられている。
【論文・著者情報】
- 論文タイトル
- Mitigating nitrous oxide emission by a down-flow hanging sponge bioprocess enabling the removal of high concentration N2O
- 著者
- Ryota Maeda, Mikiko Sato, Kiwamu Minamisawa, Kengo Kubota*【*は責任著者】
- 掲載誌
- Chemical Engineering Journal
- 研究室HP
- 水資源システム学分野 李・久保田研究室