2025/04/25
次世代形状記憶合金の原子配列と原子の動きの観察に成功
―より高性能の合金開発の指針に―
- 詳細
- プレスリリース本文
【ポイント】
- X線吸収分光法を用いて、これまで困難だった銅(Cu)-アルミニウム(Al)-マンガン(Mn)系形状記憶合金 注1 の原子の並びを観測しました。
- 原子配列の観測に加え、磁気配列 注2 構造がCu-Al-Mn合金の原子配列を大きく変化させることを発見しました。
【概要】
次世代の形状記憶合金として期待されるCu-Al-Mn系形状記憶合金は、原料が安価で加工しやすく、
良好な超弾性 注3 を発現することから、耐震材料や医療デバイスなど幅広い分野での応用が期待されています。
さらに性能を高めるためには合金の原子の並びと配列の変化を詳しく知る必要があります。
しかしこれまでの技術でこれらを調べることは困難でした。
東北大学と九州大学、株式会社古河テクノマテリアル(神奈川県平塚市、花谷健社長)の共同研究グループは、
Cu-Al-Mn系形状記憶合金の原子レベルでの構造変化を解明しました。
X線吸収分光法(XAS)注4 と第一原理計算(DFT)注5 を用いて、
熱処理による合金内部のMn原子の動きやナノスケールの濃度ゆらぎを観測した結果、
Mn原子の移動が磁気的性質に影響を受け、形状記憶効果をもたらす規則配列構造の形成を促すことを世界で初めて明らかにしました。
今回の成果を受け、今後、この合金の更なる高機能化に貢献し再利用可能な建築材料等への応用が期待されるとともに、
本研究で用いた手法は金属ガラス 注6 や高エントロピー合金 注7 など複雑な金属材料の理解にも貢献すると期待されます。
この研究成果は、2025年4 月11日(米国時間)に材料科学分野の専門誌Journal of Alloys and Compounds誌にオンライン公開されました。
【研究の背景】
Cu-Al-Mn系形状記憶合金は、原料が安価で加工しやすく最も代表的な形状記憶合金であるTi-Ni合金に匹敵する良好な超弾性を発現することから、 耐震材料や医療デバイスなど幅広い分野での応用が期待されています。 特に近年は、熱処理によって原子の並び方が変化することが予想されており、より高性能な材料開発のカギとして注目されています。 しかし、いくつかの種類の原子のうちどれがどう並ぶのか、その並び方がなぜ・どうやって変わるのかを直接観察することはこれまで困難でした。
【今回の取り組み】
東北大学大学院環境科学研究科の梁哲源大学院生、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの西堀麻衣子教授と二宮翔助教、 九州大学大学院総合理工学研究院の赤嶺大志助教(研究当時。現長崎大学大学院総合生産科学研究科 准教授)と西田稔名誉教授、 株式会社古河テクノマテリアルの喜瀬純男博士の共同研究グループは、X線吸収分光法(XAS)と第一原理計算(DFT)を用いて、 熱処理によって生じる合金内部での原子の動きや、原子の並び(構造)の変化を詳細に観測することに成功しました。 これにより、合金中ではナノスケールでのMn原子濃度の“ゆらぎ”が存在することを明らかにしました。 特に、合金の強磁性と反強磁性という異なる磁気配列が、 Mn原子の移動・拡散に影響し、形状記憶効果をもたらす規則配列構造を形成する駆動力になっていることを世界で初めて詳細に解明しました(図1)。

図1. 熱処理にともなうCu-Al-Mn系形状記憶合金の原子の並びの変化
【今後の展開】
この成果は、再利用可能な建築・土木材料や弾性熱量効果 注8 を利用した(固体)冷却システムなどへの応用が期待されるCu-Al-Mn系形状記憶合金の高性能化に大きく貢献するものです。 また、金属ガラスや高エントロピー合金といった他の複雑な金属材料の理解にも新たな視点を提供します。
【謝辞】
本研究の一部は東北大学高等大学院博士後期課程学生挑戦的研究支援プロジェクト(JPMJSP2114)の支援を受けて行われました。 放射光実験はSAGA-LS BL11(課題番号:2105044F, 2210108F)およびSPring-8 BL27SU(課題番号: 2022B1506, 2023A1490)の支援により行われました。
【用語解説】
注1. Cu-Al-Mn系形状記憶合金 :東北大学 石田清仁名誉教授,貝沼亮介教授,須藤裕司教授,大森俊洋教授らグループによって開発(Kainuma et al. 1996, Sutou et al. 2008)
注2. 磁気配列 :磁石の性質を持つ「スピン(電子の小さな磁石のような性質)」が、物質の中でどのように並んでいるか、という状態を指す。 たとえば、スピンが同じ向きにそろっていれば「強磁性(きょうじせい)」、交互に逆向きに並べば「反強磁性(はんきょうじせい)」と呼ぶ。
注3. 超弾性 :結晶構造変化を通じて物体が変形し、力を取り除くと元の形に戻る性質。熱を加えて元に戻る形状記憶効果とは異なり、室温で元の形状に戻ることができるのが特徴。
注4. X線吸収分光法(XAS) :X線を物質に照射して、その物質の電子状態や局所構造を調べる手法。
注5. 第一原理計算(DFT) :量子力学に基づいて電子の状態を計算し、物質の性質を調べる手法。
注6. 金属ガラス :結晶構造が決まっている一般の金属に対し、ガラスのように特定の結晶構造をもたない金属。
注7. 高エントロピー合金 :5種類以上の金属をそれぞれ同程度の濃度で混ぜて合金化した固溶体金属。 それぞれの元素が結晶格子の中に無秩序に配置されることで、エントロピー(乱雑さ)が高い状態となる合金を指す。
注8. 弾性熱量効果 :材料への応力の負荷・除荷に伴う結晶構造の変化によって発熱や吸熱が起きる効果のこと。 この効果を有する材料は冷却システムへの応用が期待できる。
【論文・著者情報】
- 論文タイトル
- Chemical interactions in Cu-Al-Mn shape-memory alloy during low- temperature aging treatment: XAS and DFT study
- 著者
- Zheyuan Liang, Kakeru Ninomiya, Hiroshi Akamine, Sumio Kise, Minoru Nishida, *Maiko Nishibori【*は責任著者】
- 掲載誌
- Journal of Alloys and Compounds
- 研究室HP
- 高分子ハイブリッドナノ材料分野 西堀研究室