東北大学大学院環境科学研究科

東北大学大学院環境科学研究科

アクティビティ(2024年度)

2025/02/28 岩石亀裂内でのシリカ析出による流体圧振動を発見
―流体が引き起こす地震発生モデルを実験室で再現―

プレスリリース

【ポイント】

  • 地殻の高温熱水環境を模擬した実験により、流体からのシリカ析出により亀裂が閉塞し、流体圧が振動することを発見しました。
  • 流体圧振動は、シリカ析出による目詰まりとシリカシール層の破壊の繰り返しによって引き起こされることを明らかにしました。
  • 地殻内地震により高温流体の移動が起こると、シリカ粒子を形成し、断層内の流体圧を変動させる可能性があることを示唆する成果です。

【概要】

地震発生のサイクルは地殻内の流体の圧力(流体圧)と関係があると考えられてきました。 また、地殻の主要成分であるシリカの析出は断層強度を回復させ、流体圧を上昇させると考えられてきましたが、観測でも実験でも証明されていませんでした。
東北大学大学院環境科学研究科の岡本敦教授らは、高温の地殻環境を模擬した水熱実験により、 地殻岩石の亀裂内部で流体からのシリカ析出により亀裂を閉塞させる挙動を調べました。 その結果、岩石基盤からのシリカの結晶である石英の成長だけでなく、流体からアモルファスシリカや石英粒子が生成・移動・付着することで、 亀裂を効果的に閉塞することがわかりました。 亀裂の目詰まりにより上流の流体圧がゆっくり上昇しては、短時間で降下するという特徴的な振動を繰り返すことを見出しました。 この流体圧振動は、シリカによる目詰まりとシール層の破壊の繰り返しによるものと考えられます。 本実験で作成した人工石英脈 注1 の組織は天然の地震発生帯のものとよく似ており、 自然界でも地震サイクルに関連した流体圧の振動が石英に記録されている可能性があります。
今後、地震発生と流体圧サイクルに対する化学反応の効果についての新たな研究が期待されます。
本成果は2025年2月20日、科学誌Nature Communicationsに掲載されました。

【研究の背景】

地殻や沈み込み帯での地震発生には流体が大きく関与すると考えられてきました。 特に、地震サイクルと流体圧の関係を示した「断層バルブモデル 注2 」は広く受け入れられてきました。 このモデルでは、流体圧が上昇すると断層の有効応力が下がり、剪断応力が断層強度に達したところで破壊(地震)が起こります。 その瞬間に浸透率が大きく上昇し、流体圧が下がります。 その後、時間をかけて、断層が強度を回復するとともに、浸透率が下がり、再び流体圧が上昇することで次の地震を引き起こす、というものです。 地殻や沈み込み帯の地震が起こる領域(地震発生帯)には、亀裂や断層を石英によって充填された石英脈が普遍的に存在し、 断層がシールされて強度が回復する過程においてシリカの析出が重要であると考えられてきました。 また、地震発生帯の石英脈の結晶成長組織や流体包有物の解析から、石英脈は複数回の地震による破壊と閉塞の繰り返し、流体圧の変動を経験していると解釈されてきました。 しかし、石英脈組織という岩石に残された空間パターンと、流体圧変化に伴う地震発生というダイナミックな時間変化を結びつけることは困難であり、直接的に検証されたことはありませんでした。

【今回の取り組み】

本研究では、地下の高温熱水環境を模擬した水熱反応装置により、人工的な石英脈の作成実験を行いました。 岩石中の流路の中でシリカを析出させ、その目詰まりしていく流体圧の時間変化を詳細に記録し、シリカ析出による閉塞と破壊を繰り返しながら、 亀裂が目詰まりしていく様子を明らかにするとともに、鉱物組織の詳細な解析を行いました。
花崗岩の円柱状コア(直径10mm、長さ100mm)に厚さ0.5 mm、幅6 mmのスリットを入れたもの2本を反応管内部に設置し、 事前に花崗岩を溶解して作成した高いシリカ溶液を流しました。 下流の流体圧力は25MPaで一定とし、花崗岩コアの上流と下流の温度をそれぞれ370˚Cと425-430˚Cに設定しました。 この条件では、花崗岩のスリットを流体が流れていく途中で、温度変化に依存して水の密度が大きく下がり、シリカ鉱物が過飽和になり析出します。 実験は、一定流量0.2 mL/minと0.5 mL/minの2つの条件で行いました。

図1.  (a) シリカの析出実験(流量0.2mL/min)で観測された上流と下流の差圧の振動。 実験から24.5時間後に差圧の上昇が観察され、最大9MPaの差圧の振動を繰り返しながら、最終的に高い差圧で安定化している。 (b) 実験の反応管内部でのシリカのシール層と流体圧の概念図。 シリカによるシール層の形成によって目詰まりし、上流の流体圧が上昇する。

図2. 花崗岩スリット内のシリカ析出物と空隙の構造。(a) マイクロX線CT撮影による流速0.2 mL/minと0.5 mL/min実験後のスリット内の空隙率。 (b) 最も析出した場所でのスリット内の空隙構造。連結した空隙は同じ色で示されている。(c) 入り口から2.8 cmにおける析出物の電子顕微鏡写真。 (d) 入り口から3.5 cmにおける析出物の光学顕微鏡写真(左)とカソードルミネッセンス像(右)。 (e) 入り口から4.4 cm における析出物の光学顕微鏡写真(左)、拡大図(中央)、カソードルミネッセンス像(右)。石英結晶中に流体包有物のバンドが観察される。

図3. 本研究で示唆された地殻の地震活動による流体圧変動とシリカ析出の関係の概念図。 (a) 高温の地殻において、深部では静岩圧に近い高い流体圧で、浅部では静水圧に近い低い流体圧になっている。 地震によって、不透水層が破壊されると、高温の流体が地殻の浅部に断層に沿って流れこむ。 (b) 断層には空隙の部分と固着したアスペリティ部分が存在し、シリカに富む流体が深部から断層に流れる。 高い過飽和な流体のため、シリカ粒子が形成し、輸送され、流路の狭い部分で付着することで、上流部分の流体圧が上昇する。 この局所的なシール層は弱いために、破壊と閉塞を繰り返しながら、断層全体の強度が回復していく。

0.2 mL/minの実験では、実験開始から24.5時間までは流体圧の変化は起こりませんでしたが、その後に、下流の流体圧は25MPaで一定のまま、上流の流体圧が上昇し、 上流と下流の流体圧差(差圧)が大きくなり始めました。 また、この差圧は単に上昇するのではなく、ゆっくりと上昇してから、急激に低下するというシグモイド形の振動パターンを起こすことがわかりました(図1)。 この振動の振幅は最大で9 MPa程度で、初めは差圧がゼロに近いところまで回復していましたが、徐々にバックグラウンドの差圧が上昇し、 37時間後にはほぼ高いままで一定になりました。 一方で、より大きな流速である、0.5mL/minで流すと、振幅は変わりませんが、周期が1/2〜1/3程度に小さくなることがわかりました。
実験後に岩石スリット内部をマイクロX線CTで観察すると、流路の中央付近の長さ数cmの領域において空隙率が10%程度になるまで減少し、 析出したシリカの層によって孤立した空隙して、閉塞している様子が観察されました。 薄片を作成して、石英脈の組織を観察すると、上流部では主にアモルファスシリカ、最も析出した中央部ではアモルファスシリカと核形成した石英粒子として析出し、 下流に行くに従って、花崗岩基盤の石英結晶からの成長が支配的になることがわかりました(図2)。 花崗岩亀裂表面には30%程度の石英しか含まれておらず、基盤からの結晶成長のみ亀裂を閉塞させることは困難ですので、 過飽和シリカ溶液から析出する、アモルファスシリカや核形成した石英粒子は効果的に亀裂を閉塞させる上で重要であることがわかりました。 形成したシリカ層の厚さは薄くて、強度が小さいので、流体圧の高まりによって破壊することで、繰り返しの流体圧振動が起こったと考えられます。 さらに、析出が進むと、シリカの析出領域は下流へと広がっていきながら、全体としての亀裂の閉塞・強度の高まりが起こると考えられます。
本実験で成長した石英結晶には、流体包有物を取り込んだ特徴的な縞状組織が発達していました。 この縞の本数は流体圧振動の回数と対応しており、流体圧変化による成長速度が変化により形成したものと考えられます。 このような石英脈の縞状組織はしばしば、地殻の熱水性鉱床や地震発生帯で報告されており、天然の石英脈の形成時においても、地震などによる流体圧変化、 外部流体の繰り返しの流入が起こった可能性があります。
近年、日本では多くの内陸地震や群発地震が起こっています。 これらの地震活動では、震源が時間とともに移動しており、地殻内の流体移動が関与していると示唆されています。 本研究の流通式反応実験の条件は、高温の地下からシリカの溶解度が低下する方向へ大規模な流体が流れる描像と対応しています(図3)。 高温の地殻において、不透水層が地震によって破壊されると、大規模な高温流体が断層に流れ込み、 今回の実験で観察されたようなシリカの粒子が形成・移動・付着することで断層のシールと流体圧の振動を引き起こしている可能性があります。

【今後の展開】

本研究は、地震発生と流体圧の関係として最もわかりやすいモデルと信じられてきた断層バルブ挙動を、シンプルなシリカ析出実験によって、 初めて実験室で再現したものと言えます。 今後、内陸地震や沈み込み帯プレート境界の地震について、地震学的な地震観測と石英脈のような物質科学的証拠を結びつけて、 流体を介した地震発生の物理過程と化学課程のカップリングが明らかになることが期待されます。

【謝辞】

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業、「基盤研究(S)(JP22H004932)」、「学術変革領域研究(A)(JP22H05295、JP24H01011、JP22H5109)」の支援により実施されました。 「東北大学2024年度オープンアクセス推進のためのAPC支援事業」によりOpen Accessとなっています。

【用語解説】

注1. 石英脈 :岩石の亀裂に流体が流れ、石英が析出して充填したもの。

注2. 断層バルブモデル :断層運動において、流体が断層に沿って移動し、シールされた領域があるとそこで間隙圧が上昇することにより、断層の実効的な強度が低下して滑りを生じることができるというモデル。

【論文・著者情報】

論文タイトル
Oscillations in fluid pressure caused by silica precipitation in a fracture
著者
Atsushi Okamoto*, Edward Vinis【*は責任著者】
掲載誌
Nature Communications
DOI
10.1099/ijsem.0.006668
研究室HP
地球物質・エネルギー学分野 岡本研究室