東北大学大学院環境科学研究科

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アクティビティ(2024年度)

2024/12/25 スーパープレッシャー気球とPANSYレーダーによる近慣性周期重力波の同時観測に成功

プレスリリース

国立極地研究所の冨川喜弘准教授を中心とする研究グループは、南極・昭和基地でスーパープレッシャー気球と南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY)による同時観測を行い、高度18km付近の近慣性周期重力波を捉えることに成功しました。また、大気再解析データとの比較から、最新の数値予報モデルでも重力波を十分に表現できないことを明らかにしました。 今後も南極上空の重力波観測を継続することで、長期的な気候変動予測の精度向上につながると期待されます。

南極昭和基地におけるスーパープレッシャー気球の放球の様子(2022年1-2月)

【研究の背景】

大気重力波(以降、重力波)は、浮力を復元力とする大気波動で、運動量を発生領域から遠く離れた場所へと運ぶことで、その場所の風速や温度を変化させます。 重力波の効果は日々の天気を大きく変えるほどではありませんが、積み重なると地球全体の循環を変化させるため、 特に長期的な気候変動を再現・予測するためにはその効果を正しく知る必要があります。 しかし、重力波の空間スケールは数kmから数千km、時間スケールは数分から数十時間と幅広く、全ての重力波の効果を捉えることは、最新の観測やモデルでも困難でした。
近年、コンピュータが高性能になったことで、気候変動予測に使われる大気大循環モデルでも重力波を部分的に表現できるようになってきました。 しかし、再現できるのは時空間スケールの大きな重力波だけで、その効果も実際より過小評価しているのが現状です。
一方で、2011年に初めて南極に設置された南極昭和基地大型大気レーダー(PANSY) 注1 は、 昭和基地上空を中心に3次元風速を高い時間・高度分解能で観測することで、重力波の効果を正確に推定することができます。 また、本研究グループでは、昭和基地以外の南極域の上空における重力波の効果を推定するため、上空を長期間(長ければ数ヵ月) 飛翔可能なスーパープレッシャー気球による重力波観測を行うプロジェクト(LODEWAVE:Long-Duration balloon Experiment of gravity WAVE over Antarctica)を立ち上げました。 現在、重力波の効果を高精度で推定できるのは、この2つの観測だけです。
このような背景より、LODEWAVEの第1回のキャンペーン観測として、スーパープレッシャー気球とPANSYレーダーによる同時観測を2022年1-2月に昭和基地で実施しました。

図1. 昭和基地から放球された3機のスーパープレッシャー気球の飛跡。

図2. LODEWAVE03(実線)とPANSYレーダー(破線)で観測した東西風(黒)・南北風(赤)の時系列。

図3. LODEWAVE03(実線)と大気再解析ERA5(破線)で得られた東西風(黒)・南北風(赤)の時系列。

【研究の内容】

2022年1-2月に、昭和基地から3機のスーパープレッシャー気球を放球し、高度18km付近の下部成層圏を飛翔させることに成功しました(図1)。 飛翔期間はいずれも3日以内で予定していた10日間のフライトは実現しませんでしたが、3号機の観測では周期が慣性周期 注2 に近い重力波(以降、近慣性周期重力波) による飛跡(図1の青線)と東西風・南北風(図2の実線)の振動を捉えました。 また、同様の近慣性周期重力波はPANSYレーダーの同時観測でも捉えられました(図2の破線)。 一方、大気大循環モデルに観測データを同化して得られる大気再解析データでは、観測期間の前半には近慣性周期重力波を捉えていたものの振幅は過小評価しており、後半には重力波そのものを捉えられていなかったことがわかりました(図3)。 観測では捉えられていた近慣性周期重力波が大気再解析データでは捉えられなかった原因を調べたところ、近慣性周期重力波が伝播するうちに鉛直波長が短くなり、数値予報モデルで表現できる鉛直波長の下限よりも短くなった可能性があることがわかりました。

【今後の展望】

本研究の結果は、最新の大気大循環モデルであっても重力波とその効果を十分には再現できないこと、そしてモデル中で表現されていた重力波であってもその伝播中に消えてしまう可能性があることを示しました。 気候変動予測の精度向上のためには、これらの重力波の効果を正しく見積もり、その効果をモデルに反映することが求められます。 本研究グループでは、2024年1-2月に2機のスーパープレッシャー気球を飛翔させる観測を行い、 2027年には越冬期間中にスーパープレッシャー気球を飛翔させることを計画しています(2024年11月15日既報)。 今後もスーパープレッシャー気球とPANSYレーダーによる重力波観測を継続し、南極上空の重力波の効果を定量的に示す研究を実施していく予定です。

【発表論文】

掲載誌
Journal of the Meteorological Society of Japan. Ser. II
タイトル
Simultaneous Observation of Near-Inertial Frequency Gravity Waves by a Long-Duration Balloon and the PANSY Radar in the Antarctic
著者
冨川 喜弘(国立極地研究所 宙空圏グループ 准教授)
村田 功(東北大学大学院環境科学研究科 准教授)
佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科 教授)
高麗 正史(東京大学大学院理学系研究科 助教)
URL
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jmsj/102/6/102_2024-034/_article/-char/en
DOI
https://doi.org/10.2151/jmsj.2024-034
論文公開日
2024年12月25日
【研究サポート】

本研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業(基盤研究B一般:18H01276、基盤研究B:21H01160)の助成を受けて実施されました。また、現地観測は南極地域観測第Ⅸ期一般研究観測課題(AP0908)として、第63次観測隊の支援により行われました。

【用語説明】

注1. PANSYレーダー :約1000本のアンテナで構成される南極唯一の大型大気レーダー。2011年に南極昭和基地に設置され、2012年から連続観測を継続しています。

注2. 慣性周期 :地球の自転に伴う空気塊の回転運動の周期。大気重力波の周期の上限でもあり、昭和基地付近では約13時間です。