東北大学大学院環境科学研究科

東北大学大学院環境科学研究科

アクティビティ(2024年度)

2024/11/14 微生物を利用したセレン酸除去材料の作製
―環境にやさしいプロセスでの環境浄化材料の創製―

【発表のポイント】

  • 課題とされている排水からのセレン除去に有効なジャロサイト 注1 の作製に、鉄酸化細菌 注2 Acidithiobacillus ferrooxidans)を利用して成功しました。
  • 鉄酸化細菌により合成されたジャロサイトは、これまでにセレン酸除去の報告のあるシュベルトマナイト 注3 と同等のセレン除去能力を示し、さらにシュベルトマナイトよりも除去したセレン酸を安定に保持できる可能性を示しました。
  • 微生物を利用して合成したジャロサイトは、廃水からの安定的かつ効率的なセレン除去材料になり得ることを示しました。

【概要】

セレンは多くの生物にとって必須な微量元素である一方で、高濃度で強い毒性を示すため廃水から除去する必要があります。 ただし、水溶性のセレンの化学形態の一つであるセレン酸(Se(VI))は除去が困難で、廃水からのセレン酸の安価で容易な除去方法の開発が求められています。
当研究科の上髙原理暢教授、ウパサナ ジャリヤ大学院生、簡梅芳准教授、梅津将喜助教は、水中のセレン酸の除去のために、微生物を利用して合成したジャロサイトを除去材料として検討しました。 培養培地のpHを制御することで、これまでに高いセレン酸の除去を示すことが報告されているシュベルトマナイトと同等なセレン除去能力を示すジャロサイトの作製に成功しました。 ジャロサイトはシュベルトマナイトよりも安定な結晶であり、除去後も安定にセレン酸を保持できる除去材料として期待できます。 本研究成果は、2024年10月29日に、有害物質が環境に及ぼす影響に関する専門誌Journal of Hazardous Materialsに掲載されました。

図1. 初期pHを1.5~4.0に制御した培地中で微生物を利用して作製したジャロサイト(J-1.5~J-4.0)、化学合成したジャロサイト(J-90C)および微生物を利用して作製したシュベルトマナイト(S-2.5)の走査型電子顕微鏡写真。

【詳細な説明】

研究の背景

鉱山排水や工場廃水に含まれる重金属の除去は、環境汚染を防ぐために非常に重要です。 なかでもセレン(Se)は、多くの生物にとって必要な微量元素である一方で、高濃度の摂取は重篤な中毒症状を引き起こすことから、廃水からのセレン除去が必要です。 ただし、セレンの化学形態の一つであるセレン酸(Se(VI))は廃水からの除去が容易でなく、その処理に手間とコストがかかるために、廃水からのセレン酸の安価で容易な除去方法の開発が求められています。
ジャロサイトやシュベルトマナイトなどの水酸化物イオンと硫酸イオンを含む鉄化合物は、重金属を除去する能力を持つことが報告されています。これまでにシュベルトマナイトがセレン酸の除去にも有効であることが報告されています。しかし、シュベルトマナイトは結晶構造の安定性が低いため、他の結晶相に変化し、その際に除去した重金属を放出してしまう可能性が示されています。一方で、ジャロサイトは結晶構造が安定であり、クロムやヒ素などの重金属を除去する性質があることが報告されてきましたが、これまでにセレン酸については検証されていませんでした。 そこで、本研究では環境にやさしいプロセスとして微生物を利用してジャロサイトを作製し、セレン酸を効率的に除去できる材料の作製に取り組みました。

図2. 初期濃度0.2 mMのセレン酸を含む溶液にサンプルを添加して24時間振とう後のセレン濃度。濃度が低くなっているサンプルほど、セレン酸を除去していることを示す。pHを2.5に調整して得られたジャロサイト(J-2.5)は、pHを3.5に調整して得られたジャロサイト(J-3.5)や化学合成したジャロサイト(J-90C)よりも高いセレン除去能力を示し、pHを2.5に調整して得られたシュベルトマナイト(S-2.5)と同等なセレン酸除去能力を示した。

今回の取り組み

セレン酸を効率的に除去できるジャロサイトの合成のために、環境にやさしい合成プロセスとして微生物を利用しました。 2価の鉄イオンを含む培養培地の初期pHを制御することにより、鉄酸化細菌(A. ferrooxidans)により合成されるジャロサイト粒子の形状やサイズを制御することを試みました。 pHを2.5に調整した場合に、粒径が小さく比表面積の大きなジャロサイトを合成することができました(図1)。 pHを2.5に調整して得られたジャロサイト(J-2.5)について、これまでにセレン酸の除去能力が比較的高いことが報告されている微生物を利用して合成したシュベルトマナイト(S-2.5)や、化学合成したジャロサイト(J-90C)とセレン酸除去能力を比較しました。その結果、化学合成したジャロサイトよりも高いセレン酸除去能力を示すとともに、シュベルトマナイトと同等なセレン酸除去能力を示しました。また、J-2.5は、pHを3.5に調整して得られたジャロサイト(J-3.5)よりも高いセレン酸除去能力を示しました(図2)。 さらに、セレン酸除去の際に材料からの硫酸イオンの溶出も調べたところ、ジャロサイトはシュベルトマナイトに比べ硫酸の溶出が少なく、安定性が高い可能性を示しました。 これらの結果より、微生物を利用して合成したジャロサイトが、廃水からの安定的かつ効率的なセレン除去材料になり得ることを示しました。

今後の展開

今回の研究により、鉄酸化細菌(A. ferrooxidans)を利用して合成したジャロサイトが優れたセレン酸の除去機能を持つことを明らかにしました。廃水中のセレン酸を除去して安定に保持できる除去剤としての利用が期待されます。 また、微生物を利用した材料合成は温和な条件で行うことができるため、環境にやさしい材料合成プロセスとしても期待できます。

プレスリリース

【謝辞】

本研究の一部は、DOWAホールディングス株式会社のDOWAテクノファンドの支援を受けて行われました。また、測定については、東北大学工学部・工学研究科技術部の支援を受けました。

【用語説明】

注1. ジャロサイト :代表的な組成としてKFe3(SO4)2(OH)6を有する鉱物。

注2. 鉄酸化細菌 :Fe2+をFe3+に酸化することでエネルギーを得る独立栄養細菌。

注3. シュベルトマナイト :代表的な組成としてFe8O8(OH)8-2x(SO4)xを有する鉱物。