東北大学大学院環境科学研究科

東北大学大学院環境科学研究科

アクティビティ(2024年度)

2024/09/05 沈み込む炭素がプレートを
マントルとの境界で滑りやすくすることを発見
― 炭素循環と地震活動との関連性を示唆 ―

【発表のポイント】

  • 最先端の熱力学計算により、プレートと共に沈み込む堆積物から二酸化炭素を含む流体が発生し、上盤マントルと反応することを発見。
  • 西南日本のような暖かい沈み込み帯において、プレート境界のマントルは炭素を固定しやすく、同時に力学的に弱い滑石層を生成する。
  • 表層から地球内部へ持ち込まれる炭素の循環が、沈み込みプレート境界の地震活動域の下限を決めている可能性がある。

図1. 本研究で提案された西南日本沈み込み帯における炭素を含む流体の発生とマントルにおける反応プロセス。 生物(プランクトンなど)などに由来する炭素は海底に堆積し(図左上)、プレートの沈み込みに伴って地球内部へ運び込まれる。 沈み込んだ堆積物中に含まれる炭素の一部は流体に溶け込み、水とともに上盤のマントルへ供給される。このような流体とマントルが反応することで、 プレート境界のマントルに炭酸塩鉱物と力学的に弱い滑石が生成する。 この炭酸塩と滑石の層は、浅部マントル(約35 km)より深部マントル(約40-70km)で厚くなり、スロー地震を含めた地震活動領域の下限を決めている可能性がある。

【概要】

プレートテクトニクス注1によって莫大な量の炭素が有機物や炭酸塩の形で地球内部に持ち込まれています。 しかし、これらの炭素が地球内部に持ち込まれた時にプレート境界で起こる化学反応や力学的性質に与える影響、さらに地震との関係は、未だによくわかっていません。
国士舘大学の大柳良介講師(国立研究開発法人海洋研究開発機構外来研究員)と当研究科の岡本敦教授は、流体−鉱物反応に関する最先端の熱力学計算を用いて、 東北日本と西南日本の沈み込み帯を対象に、沈み込む堆積物から発生する流体の化学組成と、マントルとの反応を調べました。 その結果、冷たい沈み込み帯である東北日本では堆積物から炭素を含む流体はほとんど発生しないのに対して、 暖かい沈み込み帯の西南日本では炭素が溶け込んだ流体が大量に放出され、プレート境界の上盤マントルと反応し、 炭酸塩鉱物と滑石からなる層が形成されることを見出しました(図1)。 炭酸塩鉱物と滑石の層は深さ40 kmから急激に増え始め、深くなるほど厚くなっていきます。
滑石は、摩擦係数が非常に小さく、安定すべりを起こす鉱物として知られています。 本研究で、厚い滑石層の形成し始める深度が西南日本で観測される地震の下限域と一致していることが示され、 炭素の大循環がスロー地震を含めた沈み込み境界の地震活動領域に大きな影響を与えることを示唆しています(図1)。 今後、地球深部炭素循環という化学プロセスと地震発生の物理プロセスをつなぐ新たな研究が期待されます。 本成果は2024年8月26日、英国Springer Nature社が発行する科学誌Nature Communicationsに掲載されました。

【詳細な説明】

図2. (a) 沈み込む堆積物中に含まれる全炭素量と炭素の形態を示した図。 縦軸の数値が大きいほど、有機炭素(有機物)の割合が多いことを示す。 東北日本で沈み込む堆積物は、全炭素量が比較的少なく有機炭素に富む。 一方で、西南日本で沈み込む堆積物は、全炭素量が比較的少なく有機炭素と無機炭素(炭酸塩)の両方を含む。 (b) 世界の沈み込み帯における沈み込むプレートの表面における温度‐圧力の関係。 東北日本(青線)と西南日本(赤線)の沈み込み帯の温度‐圧力の関係を用いた。 図左下の地図は、研究対象とした東北日本(青線)と西南日本(赤線)の沈み込み帯の位置を示している。 例えば、深さ約30kmにおいて(圧力1.0 GPa)、西南日本のプレート境界の温度は東北日本よりも200˚C以上高温である。 グレーの線は、その他の代表的な沈み込み帯の温度−圧力の関係を示している。

研究の背景

プレートの沈み込み帯では、海水によって変質した海洋地殻や表層の堆積物が地球内部に持ち込まれます。 これらの物質に含まれる含水鉱物注2は、地球内部の高温・高圧の条件下で分解されて液体の水を生成し、 プレート境界のすべやすさや地震活動に大きな影響を及ぼします。 最近では、沈み込み帯浅部の地震発生帯と深部の安定すべり(非地震性すべり)領域の間で、通常の地震よりもゆっくりとしたすべり(スロー地震)が観測され大きな注目を集めていますが、 この遷移領域での物質的変化や流体の役割についてはいまだに大きな議論があります。 一方、沈み込む海洋底堆積物中には有機物(有機炭素)や炭酸塩(無機炭素)として炭素が含まれ、その量や存在形態は、沈み込み帯ごとに大きなバリエーションがあります(図2a)。 例えば、東北日本の海洋底堆積物は有機炭素を多く含むのに対して、西南日本では無機炭素と有機炭素の両方を含む堆積物が特徴的です。 しかし、これらの炭素が地球内部に持ち込まれたときにプレート境界で起こる化学反応や力学的性質に与える影響は、未だによくわかっていません。 特に、沈み込み帯の深さ40km程度からはプレート上盤にはマントルが存在し、沈み込んだ炭素がマントル物質と反応して固定されるかどうかは、地球深部の炭素循環を考える上でも重要となります。
地球内部で安定に存在する物質は、熱力学的平衡計算により予測することができます。 従来の計算では、岩石全体の化学組成が一定であり、流体は水(H2O)であると仮定されてきました。 しかし、地球内部の流体はいろいろな元素が溶け込んだ流体(水溶液)であり、これらの流体が岩石全体の化学組成を変えながら反応すると考えられます。 近年、高温・高圧状態の流体に関する最先端の熱力学的モデルである「地球深部流体モデル(Deep Earth Water model)」が提案され、 地球深部の流体を多成分の水溶液として扱うことができるようになってきました。 しかし、沈み込み帯深部での炭素を含む多成分流体について解析された例はありませんでした。

図3. (a)東北日本と (b)西南日本の沈み込み帯における、沈み込んだ堆積物から発生する流体の化学組成(元素濃度)のモデル計算の結果。 横軸は沈み込みプレート境界の深さと対応する温度を示している。東北日本沈み込み帯では、流体はナトリウムとケイ素に富んでおり、西南日本の沈み込み帯では、流体は炭素に富む。

図4. プレート沈み込み帯のプレート境界条件の熱力学計算による、堆積物由来の流体と上盤マントルの反応で生成する鉱物の深さ方向のバリエーション。 (a)東北日本、 (b)西南日本沈み込み帯。白い背景は堆積物からの流体供給が起きない深さを示し、青い背景は堆積物からの流体供給が起きる深さを示している。 枠上部には、それぞれの沈み込み帯で観察される地震活動(地震発生帯、スロースリップイベント、Episodic Tremor and Slip (ETS))の深さ分布を示している。 スロースリップイベントとETSはいずれもスロー地震の一種である。N.D.は“not determined” の略であり、計算が収束しなかったことを示す。 東北日本では、滑石が約70 kmの深さで生成し、炭酸塩鉱物は生成しない。 一方、西南日本では、滑石が炭酸塩鉱物とともに広範囲(深さ35–70 km)で生成し、その量は深さ40 kmから急激に増加している。

今回の取り組み

本研究では、典型的な冷たい沈み込み帯である東北日本と暖かい沈み込み帯である西南日本について、炭素を含む堆積物が沈み込んだときに発生する流体の特徴(化学組成・流体の量)と、 マントル物質との反応によりプレート境界に生成する物質について、それぞれのプレート境界の温度構造に沿って詳細な計算を行いました(図2b)。
モデル計算の結果、2つの日本の沈み込み帯で発生する流体の化学組成や量が大きく異なることがわかりました。 東北日本では堆積物の脱水分解により、ナトリウムとケイ素に富むH2O流体が放出されるのに対し(図3a)、西南日本ではケイ素などよりも炭素(主に二酸化炭素, CO2)に富む H2O-CO2流体が放出されることがわかりました(図3 b)。 さらに、東北日本では深さ60kmまで堆積物の脱水分解は起こらず、沈み込むプレートが上盤マントルとであう深さ30 kmでは流体との反応が起こらないことがわかりました(図3a)。 一方で、西南日本では、上盤マントルのプレート境界に沿って浅部(35 km)から深部(80 km)まで、堆積物の分解により連続的にマントルに炭素を含む流体が供給されることがわかりました(図3b)。
どちらの沈み込み帯でも、水が供給されると上盤マントルに含水鉱物である蛇紋石が形成されます。 しかし、2つの沈み込み帯で流体の発生量や組成が違うことで、プレート境界の上盤マントルの変質鉱物の種類や量も大きく変化させることがわかりました。 東北日本の上盤マントルでは、炭酸塩鉱物は生成せず、力学的に最も弱い含水鉱物として知られる滑石(Mg3Si4O10(OH)2)が約70 kmの深部でのみ生成します(図4a)。 一方、西南日本では、滑石とマグネシウム炭酸塩(MgCO3)が深さ35–70 kmの広範囲で生成され、その量は深さ40 kmから増加し、 深くなるほど厚い層として存在することがわかりました(図4b)。 これまでプレート境界での滑石の形成は、沈み込むプレートから発生するシリカ(SiO2)に富む流体が上盤マントルと反応によると考えられてきました。 しかし本研究によると、西南日本の沈み込み帯では滑石はマグネシウム炭酸塩鉱物とともに増えており、 堆積物から発生した二酸化炭素に富む流体がマントル物質のマグネシウムと反応して炭酸塩鉱物を生成し、結果としてシリカに富む鉱物である滑石が形成すると考えられます。 このように、西南日本に代表される暖かい沈み込み帯においては、表層から地球内部に持ち込まれる炭素がプレート境界を力学的に弱くしていると考えられます。
西南日本のプレート境界面の深さ30–40 kmでは特徴的なスロー地震が観測されており、さらに深くなると地震が起こらない安定すべりの領域になります(図1、図4b)。 興味深いことに、今回観察された西南日本での厚い滑石層が形成される深度(40km以深、図4b)は、スロー地震を含めた地震活動領域の下限と一致しています(図1)。 滑石は摩擦係数が非常に小さく、安定すべりを引き起こすことが知られています。 本研究の結果は、地震性すべりから安定すべりへの遷移に沈み込む炭素が大きく影響している可能性を示唆しています。

今後の展開

海底の堆積物に固定される炭素量は、大気中の二酸化炭素濃度や気候などの地球表層環境と密接に関連しています。 今回の成果は、地球表層環境の長期的な変動や世界の海底堆積物の特徴が、地球内部の地震発生やプレート境界の力学的な性質に与える影響を示唆しており、 地球全体の物質循環と地震発生の物理プロセスとの関係に着目した今後の研究の展開が期待されます。

プレスリリース

【謝辞】

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業「若手研究(JP23K13194)」、「基盤研究(S)(JP22H04932)」、 「国際共同研究強化(B)(JP20KK0079)」、「学術変革領域研究(A) (JP22H05295、JP24H01011)」、および東京大学地震研究所共同利用(課題番号:2024-B-01)の支援により実施されました。

【用語説明】

注1. プレートテクトニクス :地球の表層部はいくつかの硬い岩板(プレート)に分かれている。 プレートテクトニクスは、プレートがほとんど変形しないまま地球内部の高温の岩石であるマントルの対流運動によって相互に水平運動(球面上では回転運動)していると考える理論モデル。

注2. 含水鉱物 :水を水酸基(OH)として含む鉱物の総称。代表的なものに、蛇紋石や緑泥石、角閃石がある。