東北大学大学院環境科学研究科

東北大学大学院環境科学研究科

アクティビティ(2024年度)

2024/06/13 露頭に記録された地震のエネルギー
― 繰り返される地震による岩石の破壊と粉状化 ―


【発表のポイント】

  • 美しい輝安鉱(Sb2S3)が産出したことで有名な愛媛県市之川鉱山周辺域の露頭で観察される岩石の破壊現象から地震活動を読み解いた。
  • ミクロ(顕微鏡スケール)からマクロ(露頭スケール)での、岩石の角レキ化―粉状化組織の統計解析ならびにフラクタル解析、さらにレキ岩の組織や鉱物組成の解析から地震活動が繰り返し生じたことを解明。
  • この岩石の角レキ化―粉状化は、古地震の痕跡であり、産状の詳細な検討から地震のエネルギーを求める手法の開発を提案。
  • 岩石を破壊する表面エネルギーを地震のマグニチュードに換算し、中央構造線の活動による地震のモーメントマグニチュードは5.8~8.3Mwと見積もられる。

【概要】

愛媛県市之川鉱山は、裂か充填型熱水アンチモン鉱床で、明治から昭和にかけて多くのアンチモンを産出しました。市之川鉱山産の輝安鉱 (Sb2S3)は、刀剣のような美しい産状なものが多く、特によく発達した巨晶が産出し、世界の著名な博物館に市之川鉱山産の輝安鉱が展示されています。この鉱床は、主として中央構造線の南側(西南日本外帯)に三波川変成岩をレキとする市之川レキ岩中の熱水脈として胚胎していますが、この市之川レキ岩の産状を詳細に観察し、レキの粒径分布等を統計学的、フラクタル幾何学的な解析を行った結果、このレキ岩は2つのプロセスによって形成したことがわかりました。最初にできたレキ岩Bx1は、ドライな環境下で、地震によるパルス状の表面エネルギーの伝搬によって岩石が角レキ化して形成され、その後、液状化現象により新たな角レキパイプBx2が形成され、そして輝安鉱はその後の鉱化作用により生じたと考えられます。Bx1は、岩石が粉々に砕けていますが、レキの一つ一つは回転しておらず、また異質レキ(他からもたらされたレキ)も含まれていないことから、その場にある岩石がいわば衝撃的に破壊されたことを示しています。一方、Bx2は、Bx1レキ岩にパイプ状に貫入し、多様なレキ種を含み、またレキの周辺の細粒部分(マトリックス)には、最大40%もの苦灰石(CaMg(CO3)2)が形成されています。これは、 Bx2形成時にCO2流体の流入があったことを示しています。

巨大断層(構造線)の周辺には、ダメージゾーンと呼ばれる岩石の強度が脆弱化したゾーンが生じると考えられてきましたが、その実際の状況は十分には明らかにされていませんでした。市之川レキ岩は中央構造線(MTL: Median Tectonic Line)から数十~数百m離れた位置に分布していますが、このレキ岩は、中央構造線の度重なる地震活動の記録をとどめています(図1)。レキの粒度分布の解析から、岩石の破壊に必要な表面エネルギーを、また苦灰石の累帯構造の解析から、この市之川レキ岩は、中央構造線の10-100回の地震によって形成され、そのモーメントマグニチュード(地震のエネルギーの大きさを示す指標)は、5.8~8.3Mwと推定されました。
本研究は、露頭に観察されるレキ岩の産状から巨大断層の活動による地震の痕跡とその地震の散逸エネルギーも見積もった新しい研究です。輝安鉱の巨晶産出地として世界的に有名な市之川鉱山が、地震に関する物質科学的な研究フィールドとしても高い価値をもつことがわかりました。
なお、この露頭が分布する市之川鉱山千荷(せんが)坑付近は、近年の豪雨の影響で立ち入りが制限されています。現場の指示に従ってください。
本成果は、5月27日(イギリス時間)にSpriger/ Nature社が発行する科学誌Scientific Reportsでonline 公表されました。

図1 市之川レキ岩は、特徴的な分布様式から地震によって生じたレキ岩であることを示している。
a)市之川角レキ岩の露頭は、岩石の粉砕実験と似た産状を示す。 b) 複数の角レキ岩のパイプ(Bx-2)は、地震による液状化により生じた。
a) A massive breccia body in Ichinokawa shows distinctive fragmentation style that resembles the crack evolution of dynamics pulverization experiments during coseismic slip. b) Multiple breccia types suggest the series of events underpinning the formation of the Ichinokawa breccia.



【詳細な説明】

研究の背景

レキ岩は、堆積岩の一種で、火山レキや砕屑物が運搬、堆積して形成されるのが一般的で、時にはがけ崩れなどによる堆積物(崖錐堆積物)がレキ岩を形成する例などがありますが、レキ岩を構成するレキは、多様な岩石種であったり、レキのサイズのある程度はそろっているのが一般的です。しかしながら、この市之川レキ岩のうち特にBx1に分類されるものは、原位置で、まさしく砕かれたようにできたことが露頭から読み取れます(図2)。岩石が粉々に粉状化することは実験的にはよく知られていまおり、Pulverization(粉状化)として報告されていましたが、露頭規模での報告は限られています。この市之川レキ岩は、露出状況もよく、さらに、中央構造線に近接し、鉱化作用を伴って産出するという特徴を有しています。つまり、中央構造線という大構造線の活動や流体の関与などを総合的に解析することが可能な地域です。

地震のエネルギーの解析は以下のような手順で行いました。まず、露頭観察から、レキの粒径を詳細に計測します。それに加えて、採取した岩石から薄片(岩石を薄くスライスして、光が透過できるようにしたプレパラート)を作成し、顕微鏡で観察して、露頭では観察しづらい細かな粒子までの粒径分布を求めます 。これらの粒径とその産出頻度の関係から、破壊現象に自己相似性があるかどうかを識別し、ある場合にはフラクタル次元を求めます(図3)。このフラクタル次元をもとに、岩石を破壊するのに必要な単位表面積あたりの表面エネルギーを求めます。フラクタル性を示す粒度分布は、より細かな粒子が多くできていることを示しており、このことを考慮すると。天然の粒度分布を説明するには、実験室での1回の衝撃破壊実験に必要なエネルギーの100倍程度高い値になります。つまり室内で行われる岩石の衝撃破壊実験から求められている表面エネルギーよりもかなり大きな値になります。一方、このレキ岩をよく観察すると、苦灰石(CaMg(CO3)2)が形成されていることがよくわかります。砕けたもともとの岩石には苦灰石は含まれていないので、これはこのレキ岩できた後に形成された鉱物であることがわかりますが、この苦灰石をよく観察すると、累帯組織や組成変動があることがわかり(図4)、どうやら5回から8回程度のCO2流体の流動があったことを示していました。これらのことを総合的に考察すると、地震は一回ではなく、何回にもわたって繰り返し生じており、細かな粒子はより細かく破砕されていったと読み解くことができます。表面エネルギーが求められるとあとは地震学でよく用いられている関係式を使って、地震モーメント、モーメントマグニチュードを求めていくことができます。

本研究は、2017年日本鉱物科学会の年会が愛媛大学で開催され、その際の巡検(見学会)が市之川鉱山でした。案内された千荷坑の近くの河床を見たとき、その特異なレキ岩の産状がとても気になりました。見学会の目玉は、加茂川河原での輝安鉱探しでしたが、レキ岩のことが頭から離れず、コロナ禍が沈静化した後、何度か足を運び、このレキ岩が地震の痕跡を記憶していること、そして過去の地震のエネルギーを推定できる貴重な証拠を提供してくれることがわかってきました。見学会を企画実施していただいた広島大学 井上徹 教授に感謝するとともに、周辺露頭の案内をいただいた市之川資料館の関係者の方々に御礼申し上げます。


詳細(プレスリリース本文)

図2 市之川レキ岩 広い粒度分布、その場で破砕された様子がわかる。
Photo of Bx1. Wide particle size distribution and in situ fragmentation.

図3 レキの粒子径の分布からフラクタル次元を求める。
Fig.3 Fractal dimension of particle size distribution.

図4 a) マトリックスの鉱物組成、c) 苦灰石の組成変化、MgとFeが変化して、最低5回の結晶化が生じていることがわかる。
The matrix component and dolomite composition (f) Relative abundance of the matrix. (a-c) The dolomite profile within the matrix shows the variation of Mg and Fe corresponding to five oscillatory zoning under backscattered image (BSE). A thin-section scan with a red-dashed square indicates the areas analyzed for a couple of analyses in this study.